じめじめと湿っている入り口付近の洞穴”迷いを捨てる道”は、風の流動が感じられず案の定アンデット系のモンスターが犇いていた。腐敗した皮膚を申し訳程度に貼り付け、そこらじゅうから蛆を涌かせたゾンビが地面から這い出てくる。
これを見て顔を引きつらせたヴァンが得物をダガーから槍に変えた。
若干、逃げ腰で…それでも後ろに下がる気は無いのかアンデットを睨みつけているヴァン。
盗みは毛頭考えていない、寄らば斬る、と言わんばかりに殺気を発している。
先頭を歩いていたバルフレアが、チラリと一瞥して肩を竦めた。
殿を務めているバッシュも苦笑している。これでもよくなった方だ。
レイスウォール王墓を攻略した時など、ヴァンはパンネロやアーシェより先んじて率先して「ぎゃぁぁぁあ!?」と悲鳴を上げるわ、盗むどころかまともに戦うことすら出来ずに、へっぴり腰でバルフレアの背中にへばり付いていたのだから。
お陰で前衛のバッシュが殆どの敵を相手にし、バルフレアはヴァンを小脇に抱えて後方から射撃していたようなものだった。
「坊や、そんなに殺気を飛ばすものじゃないわ。インプを呼び寄せてしまう」
この手の洞穴にはインプやピットフィーンドと言った「敵愾心」に反応する性質のモンスターが多くいるのが定石だ。アンデットの交戦中にそれらにまでたかられてしまっては始末に終えない。
待機組を後方に下げて弓をつがえたフランが、さっそくヴァンの背後に寄って来たインプを射た。反撃に出られる前に槍を一閃させて止めを刺す。
「うぅぅ…ッ!き、気色悪…ッ」
「おら、いつまで引っ込んでんだ。…もうおんぶしてはやらねぇぞ」
あまりの情けなさに王女に叱られていた頃のことを揶揄されて、ヴァンは顔を真っ赤にしたが、柄を握りなおし果敢にアンデットに向かって行った。
バルフレアが弱らせたモンスターを鮮やかな一閃が斬り伏せる、その一振りには一切の無駄が無く。刃を振って血脂を払うヴァンの顔には、あの頃には確かにあった殺生への躊躇いは消えていた。
いつも眼にしている光景だ。
黒い煤に混じる血煙と、肉を切り裂き骨を砕く。
硝煙の匂いに一瞬だけけむる視界に紛れ込む、血飛沫を振り落とす刃の残光。
冴えた鋭鋒の冷ややかさと同じくらい、沈着とした表情をしている少年の眼差しなど。
これまでずっと、そば近くで見てきた光景であるのに。
何かが強く引っかかった。
胸のうちに、ゆら、と込み上げた苛立ちの理由が解からず、男はしばし立ち往生する。
相棒の問うような視線を感じたが、自分でも掴めない感情は脇に押しやることにした。目下、考えなければならないことは山積している。瑣末な思索に囚われている場合ではない。
「うあー…。もう勘弁して、また石だよ…」
「仕方ないよ、ヴァンが盗まないからでしょ?」
「だって、苦手なんだもん!」
「だもん!じゃないの。次はドロドロが嫌でもちゃんと盗まなきゃ駄目!」
生活かかってるんだから!と、パーティーのお財布担当を自任している幼馴染の少女の反応は厳しい。
普段のそれと変わらず、微笑ましいやり取りをする彼ら。時と場が違えば和む光景だが…。
わずかに勘気を含んだ気配を発した王女が何かを言う前に、他のアンデットが集まらないようハイポーションを土に撒いていたバッシュが戻ってきた。
「先に扉があった。仕掛けが施してある。おそらく封魂の鍵で開ける地下迷宮への扉だろう」
「斥候、ご苦労さん。さて、気を引き締めて行けよ。お次はモブの出没区域だからな」
自分の記憶が正しければ、この先は"明るき闇と対する広間"へと繋がっている。
広間を抜けて道なりに進み、枝分かれしたうねる細逕をひたすら北東へと歩けば。古い転移装置が稼動しているはずだ。帝都アルケイディスの旧市街へと繋がる出口へ。
もう辿ることは無いと、いや、あったとしてもずっと先のこと。そう思っていたが…。
手の甲に感じた微かな、柔らかく低い体温に思考に沈みかけた意識を戻す。
重なった指の背を、とんとん、と軽く叩いてあっさりと離れて行く。
形ばかり不機嫌に眉を怒らせた男が「何だ」と聞くと、長身のヴィエラは無表情に見下げていた目元を笑ませて、からかうように顎をしゃくった。
見れば、さっきまで幼馴染同士でわやわやしていたと思ったらお嬢ちゃんはピリピリ王女様に、ヴァンはドンヨリ将軍様に。それぞれ引っ付いて話しかけている最中だった。
帝都が近づくにつれて眉間の皺が渓谷を作りはじめ、今や精霊並みにサンダーを放電してとんがっているアーシェに対して自然と間合いを詰めてちょこちょこ話しているパンネロ。
傍から見ていると手負いの獣を手懐けようと試みる獣使い。
そこからバルフレアとフランを挟んだ斜め後ろでは。
ここはパンネロに譲った方がいいと解かっていても根が真面目すぎるため、宮仕えには不向きな己の不器用さを自責して難い顔をしている将軍にヴァンが纏わりついている。
「振られ者同士、仲良くしましょう」
澄まし顔で隣に寄り添って歩くフラン。
だが視線と耳はパンネロの方に向かっていて、それに気づいた少女が見つめ返してくるのを察してから。わざとらしく、フイ、と逸らしてしまう。
いつもと変わらぬ泰然とした眼差しの裏で、パンネロがどきまぎするのを横目に内心でほくそ笑んでいるのだ。
「…ずいぶん、いいご趣味で」
こっちは鈍感すぎで視線を向けても「???」と首を傾げるだけのアホ。
お嬢ちゃんの半分でも色気づいてくれれば…、いや、それだともうヴァンではない。別人だ。
何故か負けた気分がして皮肉を言うと、フランはこれにも取り澄まして「貴方には負けるわ」と一言。
悔しい…。
今なら絹のハンカチを噛み裂ける気がする。
話に夢中でこちらを見ようともしないヴァンを見ていると、その尻に蹴りでも入れてやりたくなるが、さすがに大人気ないので思い止まった。…奴が絡むとどういうわけか、時の彼方に置き去りにしてきた青春が舞い戻ってくるから嫌だ。
自分がまだ青年期真っ只中の青二才だということを、思い出させられるというか。
最近、眠りの浅い日が続いているからか。やけに些細なことに神経が逆立つ。バルフレアは無意識に何度目かの舌打ちを漏らして、仄暗い洞穴の奥を見据えた。
「6年、か」
思えば己の全てを葬り去って、片手に収まるダガーだけを刃に己の機智だけを鎧にこの暗闇を一人で駆け抜けた時。
自分はあの糞ガキと同じ年だった。
ヴァンは、この暗闇を前に…仇敵の陣中を前に…何を思っているだろうか。
チラッと振り返った先では、相変わらずお気楽そのものの表情にアホ満開な笑顔の少年の姿。
屈託無く笑う眼差しに、ついさっき垣間見せた研ぎ澄まされた刃の残光がちらつく。変わらない何かと、変化し続ける何か。
俺が…変わらない、変わって欲しくない…そう願った眼差しは変わらずそこにあるのに。
尻に殻をくっ付けたヒヨコが、よちよち歩き出すのを。その成長を柄にも無く、目を眇めて見ていたい気持ちとは裏腹に。
この、熱鉄を呑むような、如何ともし難く胸を塞ぐ感情は何なのか。
フランは再び思考を始めた相棒を、それ以上引き止めることは無く。
目の前の強固に封印を施された扉の周囲を調べる。罠や仕掛けの痕跡は無かった。
「殿下、封魂の鍵を…」
歳月を経て歪に形をゆがめた鍵を錠へ差し込む手は微かに震えていた。
古びた古の扉が開錠される、重々しく軋む音がして。
扉は開かれた。





…野菜にリンチされるとは。
扉の向こうは、野菜まみれでした。
そんな出だしの小説があったような、無かったような。
ともかく、野菜だ。二頭身の野菜人たちにリンチを受けている。
集団で標的を囲い込むように集中攻撃したかと思ったら、それぞれ転々ばらばらの方向へすたこら逃げて行く。油断していると背後に忍び寄られて、三人纏めてバックアタックを喰らわされることもしばしば。
それだけならまだしも、技で自分たちのレベルを上げてくるので始末に終えない。
やっと壁際に追い詰めて後はみんなでボコるだけ!という段階になっても、なかなかにすばしっこくヒラリヒラリと攻撃を避けては、反撃する間も無くまた逃げ去って。
もともと俊敏性が専売特許のヴァンは俊足で間合いを詰めることができた。問題は待機組から戦闘組にシフトチェンジしたアーシェとバッシュだ。
それぞれ、斧と両手剣で戦っていたが…。
「こ…の…ッ!猪口才な…ッ!!」

ブン…ッ!

重い一撃はむなしく空を切って、床をドゴンと凹ませる斧。
トマトキャプテンを仕留め損ねたアーシェは、すたこらさっさと逃げて行く赤頭の後姿を見て額に青筋を浮き立たせる。
あまり前に出過ぎては危険です!という将軍の声も耳に入らない様子の殿下。
勝手にバーサク化したように猛然と小生意気な野菜たちを追い掛け回す。
「どーしよう、こいつら、はしっこくて、全然、捕まらないよ…」
ようやく一匹仕留めたヴァンがゼイゼイと肩で息をしている。
負傷している様子の少年にポーションを投げ渡したバッシュは、殿下に回復・補助要員の役回りは…ちと無茶だったか、と主君の勇姿を見て頭痛を堪えた。
「この戦局、どう討って出る?」
ガンビットの調整はバッシュがやったが、今回のリーダーはヴァンである。
厄介なことは厄介な相手だが、それほど難易度の高い相手では無い。感知能力・行動範囲の広い、敏捷性の高い敵にはどんな戦法が有効か。
験すつもりで聞いてみると、少年は少し眉間に皺を寄せて思案して「バッシュとアーシェは弓装備にして。…弱らせてくれたら、俺が走ってトドメを刺すよ」と言った。
弓矢ならばリーチが広いので例え攻撃対象が遠くに逃げ出しても、よく狙えばダメージを与えられる。致命傷は無理でも、弱ったところをすかさず接近して攻撃すれば効率良く仕留められるはず。
悪くない発想だ。
バッシュの頬には自然と笑みが刻まれた。
少年の回答に満足を覚えるのと同時に、少し寂しくもある。
無茶・無鉄砲が十八番だった彼に、日々あらわれる熟達の兆しは目に眩しく。旅の初めから傍近くで見てきた自分は…、感慨深く嬉しいものであるのに。
そのはずなのに、どうしてか…。
一度、かたく目を閉じて思考を閉ざし。バッシュは与一の弓に矢をつがえた。
狙い定めて弦を絞り、逃げ回るかぼちゃ頭を射抜く。
「やあッ!」
掛け声と共にヴァンが最後のパンプキンスターにトドメを刺した。
洞穴の外へと開いた天井に向かって、まるで宗教画か何かのように神々しく天に召されていく野菜たち。
どうしてこいつらだけこんなリッチな最期なんだろう…、と図らずも皆が同じ感慨を持ちながら癒し系の光に吸い込まれていく野菜を見送り、無駄に疲れた野菜討伐は完了。
「…そこらを見回ってくる」
「私も行くわ」
短いやり取りの後、連れ立って空賊二人が周辺の偵察に出た。
一応、アンデット系のモンスター避けに回復薬を広間の四隅に撒いていたバッシュは、これから進行する方角にあった扉の前を塞ぐように横たわる遺骸を発見する。
おそらく、自分たちと同じように帝都を目指し、力尽きた者だろう。
荼毘に付す余裕は無い、ひやりとした遺跡の中でミイラ化した遺骸を路傍の柱の影に寄せる。
いらぬ世話だとわかっていても、やはり年若い少年少女に惨い光景を見せたくはない。特に、帝都が近づくにつれて口数が減り、独り茫洋と思索に耽るようになった王女の目には。
お強い方だ、と思う。
梁を支えるヴァンと共に黙々と天幕を広げている王女の細い背中、両肩の重みに拉がれることなく今もしゃんと背を伸ばしている気丈さ。
紕いながらもけっして曇ることの無い慧眼と、萎えることの無い気概を心強く思い。
言葉を持たない代わりに、ただ黙ってその背中を守ることしかできない自らに慙愧の念を感じた。
途方も無い旅程に感じた旅路も広大に思えた大草原も…、峻烈な道行きを踏破して帝都アルケイディスはもう眼前にある。
迫る大戦の、戦局の決め手となりかねない破魔石”黄昏の破片”を覇王の剣で封じる。
そのために旅してきた。だが、本当に”黄昏の破片”を手中に収めた時、王女の采配は…果たしてどちらに下るのだろうか。
戦乱を呼ぶ破魔石を打ち砕くのか。
覇王の剣を右手に、飛空艇艦隊を一瞬にして滅ぼす力を持つ石を左手に。救国の聖女となるか。
力を求める者には、二通りある。
その強大な力を前に竦む者と、取り憑かれる者と。
バッシュはアーシェはそのどちらでも無い、と確信していた。根拠は無い。ただ、信じていた。
徒に紕い立ち竦むだけでもなく、欲するあまり己を…己の守りたいものを、未来を、見失ったりもしない、と。
「バッシュ〜…手伝ってくれ〜!俺じゃ背が足らねー…」
天蓋を括りつけようとしていたのだろう。
背伸びしたりピョンピョン飛び跳ねたり、騒々しい少年を殿下が嶮しい表情で睨んでいる。
ご機嫌斜めのアーシェの雷が落ちる前に、苦笑してヴァンの手から天蓋を請け負う。確かにまだ彼の背丈では届くまい。
バッシュが楽々と括りつけている横で「…あーぁ、もうちょっと、もう少しなんだけどなぁ」と、ヴァンが自分の背丈を気にしている。背中が温かいと思ったら、背中合わせに背比べを仕掛けられていた。
肩甲骨の少し上、肩の下あたりにふわふわとプラチナゴールドが触れて擽ったい。
「…あと10センチちょっと、くらいか」
はやく追いつきたいな、バルフレアはもっと高いのかな。
しきりと身長を気にする。…思春期真っ只中の少年らしい物言いが可笑しかった。
笑えば拗ねるだろうから、そこは堪えてヴァンの髪を掻き撫でる。
「自覚していないだろうが、君は出会った頃より少し伸びた」
もともとの素質もあったのだろうが、背は勿論のこと胴や胸の厚みも増したし、まだ丸みは取れないが身体つきも頑強になった。子供らしい柔い曲線が少しずつシャープに、青年のそれへと変わり、腕にも両脚にも無駄の無い鋼のような筋肉を纏っている。
伸びやかな肢体は、ラバナスタしかしらなかった頃の彼からすれば目醒ましい成長を物語っていた。
…伸びやかなのは身体だけではない。
その眼差しもまた、歩いてきた道のりの長さだけ逞しくなったように思える。屈託の無い笑顔はそのままに、それでも着実に少年は変化し続けている。
「え!マジ!?…そっかなー、そうだといいなぁ〜」
嬉しそうに言って「なぁなぁ、俺って背ぇ伸びた〜!?」と早速、幼馴染に駆け寄って行く。
夕餉の準備にはまだ間があって、フランとバルフレアが戻るまで広間の中を「探検」してくる、と言う彼らに「くれぐれもここから外へは出ないように」と念を押した。
連れ立って崩れかけた壁画を眺める二人は、見ようによっては物見遊山のように見えるかもしれない。
苛立ちごと吐き捨ててしまうみたいに盛大な溜息を吐いた後、王女は遠くでわやわやしている二人を眺めながら苦笑した。
「健気なものね」
年少の少年少女は帝国に蹂躙された亡国の民であり、それを許した王家に期待を裏切られ続けてきた市民の一人。力弱い者の、虐げられた戦敗国の人間の、アーシェとバッシュが命を賭しても守らなければならないものの代表のようなものだ。
これを彼らに言えばたちまち反論が返ってくるだろう。
自分たちは自分たちの覚悟があって、ここに居るんだからアンタらは関係ない!と。
許すも許さないも無いのだ、と。
彼らは自分たちがどれほど優しいことを言っているのかわからないのだろう。
いつからかバッシュは「すまない」と言う言葉を言わなくなった。アーシェは彼らを遠ざけようとはしなくなった。
「…アーシェ様、彼らは」
「悪気があってのことではない、でしょう?わかっているわ、それに少なからず救われてもいる」
アーシェは膝に抱えた夕食の材料を弄りながら、壁画を検分している二人を見ているフリで、そっと、隣に立つバッシュを盗み見た。
てっきり同じように二人を眺めているのだろう、と思っていたのに真っ直ぐにこちらを見返されて思わず目を逸らす。
バッシュは今、アーシェを「殿下」ではなく「アーシェ様」と呼んだ。
…また、私は彼に心痛を負わせているらしい。
「………今日は『のっぺ汁』だそうよ」
「の…??」
「私もよくは知らないの。…パンネロいはく『こんなにいろいろ旅してるのに…、その土地でしか手に入らない食材や調味料を使うことで、いつもと同じ料理を作ってもまるで違った味になるのに食べないなんて勿体無い。土地ならではの郷土料理を食べないなんて損!何のために私が鍋釜背負って歩いてると思ってるの!?』ですって。
…あの子は料理のことになると周囲が見えなくなるみたいね。
いつだったかガリフ族の里でも秘伝の『だご汁』をわざわざ民家の台所に上がりこんでまで習得していたわ。美味しかったから文句は無いけれど…」
語る王女の目は遠い。
バッシュも昼間の出来事を思い出してちょっと遠い目になった。
ある遺跡の傍に野生の芋があるのを見つけたパンネロは「芋ーーッ!ヴァン!!手伝って!!」と少年の腕を掴んで。
待機組だった二人は周りに集まってきたモンスターと対峙する戦闘組そっちのけで「お芋、お芋♪」と嬉しそうに芋掘りしていた。…理想の山芋が掘り出されたらしい。
かくして、今日は山芋をふんだんに使った『のっぺ汁』なのだ。
「…………バッシュ」
「はい」
「貴方に、これを」
ぽん、と渡された籠いっぱいのインゲン。
キョトンとしたバッシュにお皿も押し付けて、今度は天井の吹き抜けについて何やら言い合っている少年少女に足を向ける。…むくむくと、胸に去来する暗雲は、取り敢えず脇に蹴っておいた。
ヒロインだって四六時中、悲壮なことばかり考えてられないのだ。そんなのしんどいのだ。
今頃は気心知れた相棒と共にメランコリーな気分で追憶に耽り捲くっているのだろう自称・物語の主人公はどうか。煮え切らないやら、自分を御しきれていないやら…。
そっちはそっちで真面目に鬱満開で忙しそうだけれど私まで付き合ってられないわ、と思う。
一応、ガラムサイズ水路で考えようによっては運命的に出会った…ヒーローの位置に居る少年ときたら、アホだわ馬鹿だわ楽天家だわ…、天然炸裂のヒヨコ頭は幼馴染とわいわい楽しそう。
めっきり辛気臭くなったバルフレアと同じように眉間に大渓谷を刻んでるより、どうせなら、あっち側に居たい。わやわやして居たい。
現実逃避だろうか。
いいえ、違う。
私の歩く道は変わらず、私の前にある。
暗中模索、とはまさに言いえて妙だ。揺らぐ決意は、進むべき道行きを暗くする。
けれどこうして隣には、黙っているだけ不器用に仕えてくれる臣下と、旅の仲間がいる。何も見えなくても、手探り足探りで歩いていても、手を繋いで彼らと共に行けるから。
走ろうが歩こうが、低気圧を背負っていようが、割り切って息抜きをしようが。
行く先は変わらないなら、気楽に行こう。
まだ、何も起きてはいない。
起こすとしたら今から、起きるとしたらこれからだ。
「…インゲン豆の筋をきれいに取り除いておきなさい」
「………は…?…あ、はい…。…??」
「私は彼らで遊んで来ます」
『と』では無く『で』なのですか、殿下…。
バッシュは、のしのしと二人に向かって行く王女の背中を何とも言えない微妙な気分で見送り。
膝の上でちまちまインゲン豆の筋を剥きながら、ほんの少し安堵の溜息をつくのだった。













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2011.05.01(再掲)


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