財政難打破のため、一行はオズモーネ平原でモブ狩りとおたからハントをしていた。
成果の揮わなかった方が今日の天幕張りと夕食を請け負う、ということでがぜん張り切ったヴァンとパンネロはそれぞれの組(白組:男三人、赤組:女三人)で平原中を駆け回り、稼ぐだけ稼ぎまくって補給と一晩の宿を求めてガリフの地ジャハラを訪れる途中、"ハウロ緑地"へ差し掛かったあたりで、小休止を取っていた。
「あ!アスダル〜っ!!」
遠くの豆粒ほどの小さな陰を見て、いきなりヴァンが立ち上がった。ジャハラの入り口近くで顔見知りのガリフ族の青年を見つけたらしい。
ヴァンはパンネロと一緒に集計していたおたから袋を抱えたまま青年の方へバタバタと走って行った。転がるように青年に走り寄るヴァンを幼馴染が呆れた顔で見送る。
「もう…。せっかく数えたのに、また最初からやり直しじゃない」
「…それにしても、彼…よく見分けがつくわね。私にはさっぱりよ」
「ですよねー…。私も皆、同じに見えます」
すっかりお気に入りの武器となった片手斧の血脂を…汚れを拭いながら呟くアーシェにパンネロが苦笑して相槌を打つ。
ガリフ族は皆、一様に同じような仮面をつけている。
古くからのしきたりで、成長過程に応じて大きさを変えることはあるらしいが、生まれてからずっと外すことは無いのだと言う。少なくとも人前では。
ジャハラに来た当初は、どうにかしてその仮面の下を覗こうと一生懸命に試す眇めつして里人の誰ソレに引っ付いて覗き込んだりしていたヴァン。
ここまで顕著に、気になる気になる見せて〜、とせがまれれば呆気に取られるしかないのか、それとも元から彼らは度量が深いのか。
バッシュがヴァンの襟首を押さえ、パンネロが「すみません、本当にゴメンなさい。ヴァンがアホなことして…」と謝るのも、ガリフ達は鷹揚に笑って済ませていた。
「体格の差や仕草で何となく個々人の判別はつくのだが…」
身振り手振りで話すヴァンと楽しそうに談笑するアスダルを見ながら、バッシュも苦笑していた。
さすがに名前まで覚えてはいない。
戦士族でありながらゆったりのんびりと長閑な気風で、来るもの拒まず去るもの追わず、旅人にも優しいカリフ族の里はヴァンのお気に入りだった。
いつも何かにつけては「なぁなぁ、ジャハラ行っていい?」と言い、手土産持参(レアおたから等)で用も無いのに"古き者たちの丘"にまでお邪魔して、喜び勇んで里人や長老たちに旅の話を披露しては、将棋に付き合って友誼を深めている。
仲間達はそんなヴァンを見て、そのうち何か粗相をするのでは…と(特に幼馴染と将軍が)気が気ではなかったのだが。
どうしたことか里人の誰もがあっさりヴァンと打ち解けてしまった。
「別に懇意になるなとは言わんが…。俺はアイツが最長老を『じいちゃん』て呼んで懐いてるのを見た時は度肝抜かれたぜ」
どんなに外部からの接触に寛容といったところで、やはり種族のみで里を形成する部族ならば上下関係は厳しくなる物だ。いきなり外から現れた少年がその里の頭目である最長老を『じいちゃん』呼ばわりは幾らなんでもまずいだろうと思われた。
しかしひやりとしたバルフレアの予想を裏切り、ヴァンは出稼ぎから帰って来た里の若者のような親しみの篭った迎え方で受け入れられ、むしろ長老達がごぞって彼を孫扱いしている気配すら感じられた。
「彼らの寛大さには感心するわ」
とてもエルトの里では考えられない、とフランも視線の先で早速アスダルに土産を渡すヴァンを見て呆れる。
それぞれ思い思いにヴァンを見ていた彼らは、当の少年から「早く行こうぜー!!」とせっつかれてやれやれ…と腰を上げた。




人懐こいヴァンのお陰か一行の里での心象もすこぶる良い。
一晩の宿を借りたいと言えば快く里の中に天幕を張ることを許してもらえた。
「あのさ、後でちょっと時間あるか?」
天幕を張り終えて早速、夕飯の準備に取り掛かろうとしていたヴァンは何か思い詰めた様子のアスダルに声をかけられた。
先刻、平原で会った時にも思ったがいつもより覇気が無い。
逞しい肩を落として、どことなく悄気ているような気もする。
「ああ、これ剥いちゃったらすぐ行くよ」
「ん…。じゃあ、いつもの橋んトコで」
男所帯だったうえ、孤児の面倒を見るようになってからは自炊生活の長いヴァンはアホだがなかなか料理上手だ。
出来ないなら出来ないなりに必死!のバッシュと、出来ないから潔くサボります!なバルフレアの二人と、普段は一緒にどうにかこうにか殿下の逆鱗に触れない程度の夕飯を作るのだが。
どうにもアスダルの様子が気になったヴァンは手早く器用に芋を剥き終えると、料理できない組の男二人に無理から全部押しつけて、彼の背中を追って行った。
その後、監督のいなくなった台所はまさに戦場と化し阿鼻叫喚の地獄絵図になったのだが…。
ヴァンは腐ってなければ何でも喰えるので気にしない。
後でまとめてアーシェに叱られることは忘れている。
里の入り口近くの橋の上へ向かうと、アスダルが橋桁にぶつかって小さな泡を作るゆるやかなソゴト川の流れをぼんやり見つめて溜息を吐いてた。
「待たせたな。…どした?何か悩んでるっぽいけど」
「…いや…んん…まあ、そうだけど」
水面を眺めながらアスダルは言葉を濁す。
こんな情けない話をヴァンにに話していいものか…、今さらながらに躊躇していた。とてもそうは見えないが、このファンシーなエプロン少年は一人前の戦士で…しかもマインドフレアを倒す屈強さを兼ね備えている。
そんな戦士を前にガリフ族の男子たるものが惰弱な場面を見せるのは恥ずかしい。
…それに、ヒュムの見た目年齢がどんなものか詳しくは知らないが、自分より年下の彼に相談ごとは何だかプライドが引っかかってしまって。
「……お前、歳いくつ?」
さんざん迷って出た言葉はコレだった。
仮面の内側でちょっと自己嫌悪なアスダルにかまわず、ヴァンは首を傾げながら答えた。
「17になった」
「えっ!?」
「何だよ、その反応。…あー!俺のこともっとガキだと思ってただろ!?」
正直、思ってました。
率直で心の内を隠さない言動から見て、きっと13〜4歳くらいだと思い込んでいた。
でもこれでちょっとホッとした。俺は15も越してない子供に相談事を持ちかけてるわけじゃ無いんだ。
内心で安堵していると、ヴァンは溜息を吐いてアスダルの脇腹を小突いた。
「17だよ。子供じゃないよ。だから色々、相談して問題なし!」
「お前は時々、心を読むよな」
仮面を常時つけたままのガリフ族はあまり感情の機微を他者に悟られない。
同族ならばまだしも交流の少ないヒュムが自分達の心を推し量るのは難しいはずだ。
「読んでないよ。勘だよ、勘!…何かわかるだろそういうの」
「わかんないよ。まあ、物怖じ無く俺達と話せるヒュムは少ないから有り難いけど」
「そうか〜?…んで、どうしたの」
「ん…」
日の暮れかけた里からはどこの天幕からも白い煙と夕食の良い匂いがし、橙色の夕焼け空に溶けていく。何となくそれを目で追って、黙り込んでいると少年がアスダルの背中に回りこんだ。
何をするのかと思ったら両肩にぶら下がるみたいにしてギュッギュッと肩を揉まれる。
「アスダル〜、何か落ち込んでるだろ、凹んでるだろ」
「おい、止めろよ、別に肩なんか凝ってないって」
「いやいや凝ってますよお客さん。アタシの目は誤魔化せないよ〜?」
男は背中で泣くもんさ、あんたの切ない心…煤けた背中にしっかり刻まれてるよ…?
と、変な小芝居をうたれて。
面白くなったアスダルは間違って仮面の角がヴァンに当らないように顎を引くと、両肩に乗った少年の手をしっかり掴んでそのまま振り回した。ぶぅん、と足が完全に宙に浮いた形で振り回されて「あわわわ」と奇声を上げてヴァンが背中にしがみつき、バランスを崩して二人して転倒する。
可笑しくて堪らなくなって馬鹿みたいに大笑いした後、自分の横で胡坐をかいているヴァンにアスダルは訥々と話し出した。
「…ヘネ魔石鉱の一件、覚えてるか?」
「アスダルがグロムにこってり絞られたアレ?」
「嫌な記憶の仕方するなよ。マインドフレアの討伐のことでさ」
「うん」
「………あの後、喧嘩っていうか…そうじゃないけど、ギクシャクしてて」
はぁ、と溜息を吐いたアスダル。
その様子を見ながら、ヴァンはそう言えばいっつも一緒に居る彼の幼馴染が最近よそよそしいのを思い出した。
ヴァンに対しては普通なのだが、アスダルに対して。
「俺…、たしかにグロムに言われる通り無謀だったかも知れないけど、でも、いつまでも平原しか知らないのは嫌だったんだ。
そりゃ、俺は戦士としてはまだまだ半人前だけど。お前みたいにナリは小さくても一人前の戦士で、しかも、アレ、何だっけ、ハンター?…そんなのが務まるような強さは無いけど」
羨ましかったんだ、自由に世界中を回れるお前が。
少しくらい、俺も冒険してみたかったんだ。
再び黙ったアスダルにヴァンは無言のままベシッと仮面の角を叩いた。
「うわっ!何だよ急に…」
「俺だって一人じゃ全然強くないよ」
ヴァンは神妙な顔つきでアスダルを見ていた。
面映いような気まずいような…、自己嫌悪も感じる。この青年の姿は、少し前までの自分の姿に似ている。
「仲間と一緒だから強くなれるんだ。
アスダルは自由に世界を回ってられるのが羨ましいって言うけど、俺も仲間と…パンネロと一緒じゃなきゃきっとこの旅の中で楽しみを拾い上げることなんて出来なかった」
「うん…そっか…」
「だからさ、アスダル。謝って来い」
ヴァンにビシっと指を指された先を見れば、いつの間にか他の里人の輪に加わるフリをしながらも、しきりとこっちを見ている幼馴染の姿。
アスダルと話し込んでいるとばかり思っていたヴァンに、唐突に指をさされて一瞬だけ狼狽した様子だったが。
開き直って橋の向こう側で「来るなら来い!」とばかりに仁王立ち。
「ほらほら、俺も付き合うからさ」
「ううぅ…わ、わかった」
のそのそと歩くアスダルの背中をヴァンが押して歩く。
二人とも仮面で表情は見えないのに、ヴァンにはなぜか彼らが同じような気まずそうな顔をしているのが手に取るようにわかった。
やっぱり似てる、俺とパンネロに。
心の中だけでこっそり苦笑する。
「心配したぞ」
むっつりと不機嫌そうに黙っていた幼馴染がやっとまともにかけてくれた言葉に、アスダルは小さくなって謝った。
「う、ん…スマン。悪かったよ」
「…今後は俺がお前のお目付けだからな。もう一人で行くなよ?」
溜息交じりのそれは文句というよりボヤキに近い。
神妙に頷いたアスダルの肩を彼はパシパシと軽く叩いて、それで手打ちにしてくれたらしい。
これを見ていたヴァンは少し遠慮がちに二人の脇腹をつついた。
「俺も謝った方がいいっぽい…?」
交互に見上げられて、ガリフの青年二人はきょとんとする。
「うん?なぜだ??」
「ヴァンは何も悪く無いだろう」
いつもらしからぬ悄気た様子の少年に、驚いてそわそわする二人。
側で見るともなしに見ていた里人の何人かもヴァンの様子がおかしいのに気付いて寄って来る。
「いや〜、だって、俺がいろいろ話して回ったりしたからだろ。アスダルが無茶したの」
上背のあるガリフに囲まれる形になって居心地悪そうに俯いたヴァン。
なまじヒュムの少年はガリフ族の子供よりも小柄なため、ヴァンはたんに居心地悪くて下を向いただけなのだが、周りの里人はそうは思わなかった。
落ち込んでる!泣かせてしまった!!
と、それぞれ仮面の下で慌てまくった。
「違う、ヴァンは悪くないぞ」
「そうだとも。俺たちは皆、お前の旅の話を聞くのが楽しみなんだ」
「この里には若い者が少ない。儂らのような年寄りは遠出なんぞ出来んのでな。皆、お前さんが運んでくる外の風を楽しみにしとる」
「悪いのはこの馬鹿だから。俺が今後はしっかり監督するから」
「痛っ!…馬鹿って何だよ、つねるなよ」
「問答無用だ阿呆。目下の若者を泣かすとは何事か」
「と、とにかく。お前が気にすることは無い」
いつの間にか泣いてることにされて呆然としながら右往左往する里人たちを見上げていたヴァンは、いきなりわしわしと頭を撫でられて驚いた。
プラチナゴールドの髪を掻き回すような仕草はヴァンにとっては慣れたものだったが、この行動にガリフたちはギョッとした。
「何やってんだアスダル!」
幼馴染が止めようとするのを制して、アスダルは真剣な眼差し(見えないが)でヴァンの頭を撫でている。
「ヒュムは慰める時にこうやるんだ」
どよどよ、っと周囲がざわめいた。
ガリフには頭を撫でるという習慣が無い。なぜなら角に引っかかるから。
首の後ろに手をやって掻くことはあれど、慰める為に又かわいがる為にこうした行為をするのは前例の無いことだった。
「予告してからやれ。…何事かと思っただろうが」と手を伸ばす幼馴染。
「ふむ…、儂もギーザの集落で見かけたことがあるぞ。『いいこ、いいこ』じゃな」同じく長老。
「…そう言えばこの間、ギーザの集落でこうした風景を見たな」戦士。
「これで泣き止んでくれるのか?それなら…」牧畜家。
「どれ、私も」風水士。
「俺も…」門番。
「お、俺もいいか…?」通りすがり。
わしわし、なでなで、ぐいぐい、わしゃわしゃ。
最初は「わぁ!ちょっと誤解だって!泣いてないって!!」と抵抗していたが、みんな好意でやってくれてるのはわかったので、ヴァンは髪が鳥の巣になるまで『いいこ、いいこ』されていた。
何とか解放してもらって這う這うの態で里人の輪の中から脱出し、背中越しに「ありがとうな!」と言うアスダルの声に手を振り返す。
騒ぎを聞きつけた戦士長とその兄にもなぜか撫でまくられて、やっとの思いで天幕に戻った時には。

「どうしたのだ、その……………前衛的…な髪型は」
「ヴァン!いったい何があったの!?」

目を瞠るバッシュと幼馴染のウニ頭に驚いて荷物の中から櫛を探すパンネロ。棍棒片手に仁王立ちしていたアーシェと、彼女の前ににサボリの咎でひとり床に正座させらていたバルフレアは噴き出しそうな顔をしている。
…せめてそのアルラウネのアップリケ(パンネロ作)が痛々しいエプロンは脱いでから説教されろよバルフレア。
いつもと同じく泰然自若としていたのはフランだけだ。
「あは、ははは。…ちょっと異文化交流を…」
仲間一同の凝視を乾いた笑いではぐらかすヴァン。
それ以後、しばらくヴァンはジャハラを訪れる度に、里人に『いいこ、いいこ』されまくり。
ウニになったりコーンヘッドになったり大変な目にあったのだった。













end
2011.05.01(再掲)


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