広い砂海も半ばを過ぎていよいよナム・エンサへ入る手前、クリスタルのある小さな広場に天幕を張った。
モーグリが砂海で野宿は大変だから、と安く譲ってくれた天幕は張ってみるとけっこうな広さがあって天蓋で二つに仕切れば男女別々に寝れそうだ。
ここのところずっと雑魚寝ばかりだったから、アーシェやパンネロは喜ぶかなと思ったけど…。
「パンネロ…、ちゃんと食べとけって」
「うん…。ごめん、私…もう寝る」
せっかく商人から買い取った材料で久しぶりに温かいスープを食べてるのに…昼間の出来事のせいで皆口数は少ない。
バルフレアとフランは連れ立って広場を出ていた。
パンネロが殆ど泣きそうな顔で立ち上がったから、俺はカンテラに火を入れて渡してやった。
その後を追うようにアーシェも立ち上がって、そしたら芋ずる式にウォースラのおっさんも。
バッシュは行かなかった。ただウォースラに目配せして、黙って皿の物を片付けだす。
俺ももう食欲なんて無くなってたけど、無理矢理に口に押し込んでさっさと片付けた。砂漠では水は貴重だから洗うのはスープ皿だけ。あとは旅商人から買った白い砂で汚れを落とし、絞ったタオルで二度拭きして荷物に詰める。
無言で皿を渡された際に視線を感じたけど、俺は敢えて無視した。
バッシュとはアーシェも一緒に旅するようになってから自然とあまり話さなくなっていた。戦闘組になったときだけはちょこちょこ話すけど、それだけっちゃあそれだけだ。近寄りがたいってんじゃ無いけど、何かピリピリしてて。
現在進行形でもの凄く苦労人なバッシュだからいろいろと考えてるんだろうなー、とは思ったけど。俺みたいなのがどうこう出来るわけも無いしほっといた。そのツケが今まわってきたー…って感じだ。
どうしよう、気まずいな。
でもさー、だって、俺があんたに話しかけようとするとウォースラが睨むんだもんよ…。サシで話する時はお貴族様の割りにはなかなか砕けてて、話わかる奴だなって思うんだ。だけどバッシュが絡むと違う。なんなんだろうな…、俺あいつに何かしたっけ?それとも、俺が何かすると思ってんのか、バッシュに。
………後ろ暗い所が無いとは言わねえけどよ。
でも!その、あの、疑わしい行動は取ってないからバレてはいないはずだ。
アーシェと同道するようになってからは昼も夜もすっかりご無沙汰してるし。少ないオアシスの影で沐浴する時だってバルフレアにひっついて行ってるくらいだし。
バッシュは大人の男だし、元将軍だし、今だってアーシェの騎士だし…、体裁とか矜持とかいろいろあるんだ。こんな小汚い貧民とアレしてるなんてのは、さすがに同僚と上司には伏せておきたいだろ…。俺にだってそんくらいわかる。
そこまでつらつらと考えていて、俺はふと今日の不寝番の当番での相方がウォースラだったと気付いて更に憂鬱になった。いい機会だと思って聞いてみようか。何で睨むのか。
黙々と二人で作業しているとバルフレアが戻ってきた。
俺の顔を見て少し目を瞠る。…なんだよ。俺だって難しいこと考えてりゃ眉間に皺ぐらいできるよ。
「フランは?」
「見張り」
「バルフレア、何も食べなくていいのか?」
そういえばフランも何も食ってないよ。
皆して自分のことにいっぱいいっぱいだったから、居ない人の分をコロリと忘れてた。
「もう皿、片付けちゃったけど…。あ、そうだ昼間に盗んだおたからから何か持ってくる」
「あー…いや、別に腹は減ってないから」
ちょっと片眉を上げて言い淀んだバルフレアは、何でなのか俺の顔をしげしげと見てくる。…何?食べ零し付けてる?
「あんたは良くてもフランは減ってるよ。多分」
とてもそんな風には見えないけどフランはけっこうな健啖家だ。
あのスラリとした細い体のどこに詰め込まれてるんだろう、ってくらいに食うときは食う。
あんまり不思議で「そんなに食って太らない?」って聞いたら、隣に居たバルフレアは噴き出すしアーシェとパンネロには白い目で見られるしバッシュはやけに咳払いしてたり、意外なことにいまだにアーシェとバッシュ以外には顰め面しく気を許した素振りを欠片も見せないウォースラまでも下向いて笑いを噛み殺してた。
けど本人は至ってはアッサリと「消費しているから、ご心配なく」って言ってたくさん食ってた。
日持ちしなくて捨てるしかないおたからもフランが居るからそれなりに無駄にならずに済んで助かるけどさ。意外だよなー。
おたから袋から日持ちのする干し肉と、昼間に数少ない湿地で採った食用キノコを取り出す。…本当はこういうのはパンネロ担当なんだけど仕方ない。
しまっておいた大きな一枚葉を出して、香辛料と塩で簡単に味を付けた干し肉とキノコを包んで焚き火の中に置く。間違っても燃やしてしまわないように棒で火をつついて加減を見ていると、バルフレアだけでなくバッシュの視線まで俺に突き刺さってきて何だか居たたまれない。
何だよ、何なんだよ。あんたらまで例のウォースラみたいに…。俺なにかやったかな。
「…何?」
俺は針山じゃないんだから、そんなにブスブスと視線をブッ刺さないでくれよ。
二人とも無言で顔を見合わせて、バルフレアは肩を竦めバッシュは苦笑した。
何か感じ悪いなぁー…ハキハキしろよ男だろ。
「いや…昼間の事で君も考える所があっただろうに、とな」
「?」
「あー、ダメダメ。コイツ全然わかってないぜ将軍」
いつもの嶮しい表情を少し崩して心配そうに見てくるバッシュはいいよ。
けどバルフレア。あんたはムカつく。何だよそのこ馬鹿にした皮肉な笑いは。
わかってるよ!昼間のことだろ!?俺がっ…、俺が先走って皆が止めるのも聞かずにあのはぐれウルタンを…。ウルタンイーターは倒したけど…結局アイツは同じウルタン・エンサ族に殺されちまって…そのことだろ?
「俺だって…いろいろ考えてるよ。パンネロほどじゃないけど、けっこう落ち込んだし」
パンネロは優しいから。ああいうのはダメなんだ。
他人の痛みも自分の痛みにしちゃうから、しんどくて泣いちまう。皆の手前、涙は流さなかったけど、きっと泣いてるんだ…心で。俺に付き合わせちまったばかりにパンネロはこれからも泣くことがあるかもしれない。そう思うと申し訳ない気持ちと罪悪感で胃が鉛のように重く感じるけど、それを大人二人に知られるのも癪で、今は意識の遠くへ追いやった。
…そういう優しい心ってウルタン・エンサ族には無いんだろうか。
「同じ砂海に生きてる同族なのに…、同族だから掟を破ったのが許せない、のかな。俺がやったことって偽善だったのかな」
何も考えないでやってしまったけど。
ヒュムに助けられて同族に粛清されて、それよりもあのままウルタンイーターにやられてしまったほうが…はぐれウルタンには良かったのかな。
俺にはウルタン・エンサ族の習慣なんてわからないから、お墓とかあるのかどうかも知らないけど。
夜目にも綺麗に見えるアイツが遺した花に目をやると、苦いものが込み上げてくる。あんな骸も打ち捨てるみたいな扱いされるほどなら、ウルタンイーターにやられても仲間に悼まれた方がマシだったかもしれない。
「偽善ってのは予めわかってて善行ぶることだ。
お前はいつも通りなーんも考えずに脊髄反応で行動しただけだろ。自分の倫理に従ってな」
バルフレアはもう笑っていなかった。
砂塗れで毎日整備しなければならない武器を、軽く舌打ちしながら点検している。
それに倣ってバッシュと俺も自分達の武器を掃除しはじめた。
あー…パンネロのやつ自分の武器もほっぽり出して。たまには俺がお兄ちゃんらしく面倒みてやるか。
そう思ってパンネロの武器を膝に抱えると、黙って作業していたバッシュが口を開いた。
「この地にはこの地の…彼らの流儀が在り掟が在る。何よりも強さを尊び、弱きを恥じる…それが砂海の厳しい環境の中で培われた彼らの理念。
私達が手を貸したことは…私達の道義を彼らに押し付けたことになるが」
それでも私は君が助勢したことを間違ったとは思わない、と言ってくれた。
バルフレアは黙ったままだったけど、皮肉言わないところを見ると俺の甘ちゃん加減を仕方なしにか認めてくれてるらしい。
…旅慣れてないアーシェも一緒だったのに俺が突撃しちまって、結局全員で戦う羽目になったから。皆に迷惑かけちゃったんだよな、俺。
俺がやんなきゃパンネロが泣き寝することも無かったしんだし。
それに関しては悪い事したって思ってるし、昼間のことは自分的にももの凄く凹んでる。
でも俺が考えてたのは別のことだ。
「俺、さ…。今までラバナスタの外なんてあんまり出たこと無くて」
唐突に話し出した俺に、二人が視線を上げた。
俺は武器の刃に目を落としたままで、二人の顔を見なかった。
「ヤクトとか、砂海とか…知識では知ってたけど。
どんな所でどんな生き物がいてどんな奴らが住んでて、とかは全然。
でも帝国とかとは違ってダルマスカは亜人種がたくさん居る国だからさ。俺はどんな奴とでも上手く付き合える…って思ってたっていうか。その、そりゃ嫌いな奴とか気に食わない奴とか合わない奴はいるけど…種族単位で嫌うとかそういうのは全く無いし。だから他の連中も同じだと思ってた。
嫌いな奴と衝突したり喧嘩したり、場合によっては剣を持って争ったりとかは抵抗無いんだ。普通だもんな。でも…」
焚き火の火を受けてゆらゆら揺れてる刃鏡に情け無さそうな顔した俺が映る。
何やってんだろ俺。こんな愚痴言って。
「…種族の違いによって敵対される、と言うことに慣れなかったのだね」
バッシュの静かな声に俺は無言で頷いた。
砂海に来た最初の内は、襲ってくるウルタン・エンサ族が怖かった。
強くてとても適わないから怖いんじゃ無い。それで言うならどうにか俺にもついていける範囲だった。
そういう事じゃなくて、モブでもモンスターでもないのに、蛮族だけど種族は違うけど同じ『人間』なのに見たら触れたら手当たり次第に襲い掛かられて。
頭ではわかってた。話には聞いてたし凶暴でどうしようもない連中だし、奴らは敵でここを突っ切るには倒すしかなくて。
だから俺はアイツらは『人間』じゃないモンスターだって思って剣を振るった。そうでも思わないとやってられない。
パンネロも俺と同じだったと思う、最初は皆が寝静まった後で一人起き出して泣いていた。
「個ではなく種という大きな括りで戦うことは重圧だ」
「…大きな括り…か」
何だか戦争と似てる。
でも俺は帝国軍兵士と戦うのは別に苦とも何とも思ってない。帝国は嫌いだし憎んでもいるし、ラバナスタでデカイ顔してる帝国軍兵士を見てると石でもなげてやりたくなる。戦ったって清々するくらいだ。プレッシャーなんて欠片も感じない。
それでもシャルアールみたいな良い奴もいるしなぁ…。
「俺、最初はウルタン・エンサ族と戦うのキツくて。勝った後も『あー嫌なことしたー!』って感じでさ。……正直、戦うのビビってるトコあった。
その上、昼間の出来事だろ?もう凹む凹む。相当、凹む。
それにバッシュとバルフレア見てたら更に落ち込んじゃって、あー俺ってどうしてこんな小っさい奴なんだろ、って」
「お前が俺やそこの将軍だけでなくフランよりもちんまいのは前々からだろ」
「ちんまい言うな。ていうか茶化すな」
事実だけど腹立つなー。
今、超シリアスな場面なのにそういうこと言うなよ。
ムカッときてバルフレアを思いっきり睨んでやると、フンと鼻で哂われた。
畜生…似合うよそういうの、カッコイイよ。俺もそんなのが様になる男になりたいもんだ。
本当、そんな風に笑っていられるくらい強くなりたいよ。
「俺はあんた達みたいに強くないから…しんどい事があっても凹んでないフリとか意地張って我慢とか…そういうのしか出来ない。
いろいろ考えててもおくびにも出さないってわけには行かない。
パンネロが落ち込んでても慰める余裕も無いし、自分の事ばっかりで全然ダメな奴なんだ。
パンネロは俺が…俺が巻き込んじまったのに」
俺のせいで誘拐されて怖い思いした上、こんな砂海くんだりまで付き合う羽目になって。
碌に支えも出来ないなんてさ。俺のが一個年上なのに情け無い。
そしてウジウジ考えて、考えてるだけならまだしも結局は一人で抱えるのに我慢できなくて、二人に吐き出してる俺がさらに情け無い。
穴があったら入りたい、って思うのは恥かいた時だけじゃないんだな。
今もう俺このまま砂に埋まっちゃいたいもん。
しゅーん、となっているといきなり頭を撫でられた。
「思い悩んで前に進むから人は成長するのよ」
いつの間にか戻ってきていたフランだった。
俺の隣に腰を下ろすと、火の中から包みを引き出す。いい按配に出来上がっているみたいだ。
「味薄かったらちょっと塩足してね」
俺は薄かろうが濃ゆかろうが食えれば何でも食っちゃう派だけど。女の子は基本的に味にうるさいもんだ。
「ありがとう。…こういう気遣いができている点では彼らより坊やが立派」
バッシュとバルフレアが苦笑している。
フランに褒められるなんて滅多に…というか金輪際ありえるかどうかわからないから有り難く慰められとこう。
「俺の世界って小さいもんだった。ラバナスタの街とダウンタウンと周辺の砂漠と…そんなもん。
小っさい世界に居たのがいきなり外に出たんじゃビビりもするか。
この先どうなるかわかんないけど、少なくとも今より視界は拓けるのかな」
独り言のように言った言葉に返答は無かった。
誰が決めるのでもない、どうなるかは俺次第なんだから当然だ。
黙って隣に座ったバッシュが俺の頭を撫でた。少し強めの力で撫でられて、無言の慰撫が心地好く、トロンと瞼が重くなってくる。
「今日の不寝番は坊やもだったでしょう。今の内に少し休んでおいた方がいいわ」
「そうだな、時間になったら私が起こしてあげよう。そろそろ仮眠を取りなさい」
「アホのくせに頭使ったから疲れただろ。知恵熱ださない内にさっさと寝ろ」
ありがとうフラン、バッシュ。
バルフレア…あんた本当にイケズだよね俺に対して…。そんなあんたには蹴りをくれてやるよ。
ゲシッと半ば本気の蹴りを入れて、それを難なく避けられて睨みあうことしばし。
これ以上、噛み付いても倍の皮肉で返されそう。
なので俺はさっさと天幕に入って寝た。
ぼんやりと天蓋の垂れる天井を見上げながら、溜息を吐く。
バルフレアと獲物が被ってとばっちりで牢獄にぶち込まれて、檻の中のバッシュと出会って一緒に脱獄して、後は不慮の事故的な流れでアーシェと再会して、それで流れ流れて砂海にきて。
何だこれ。今の状況、スゴくないか?
つい最近までのネズミ退治な日々が遠くに感じる…いや実際ラバナスタは遠いんだけれども。
ビビることも確かに多いけど、でもこんなことでもなければ俺は砂漠なんてどこでも同じだと思ってただろう。
そうだ…、兄さんがいつか言っていた「砂漠には七色ある」って意味もわからないままだったはずだ。
砂海に来て初めて触れたサラサラと熱いのに水のように流れる砂の感触に感動したのは事実だ。目にする広大な砂海の圧倒的な景観に見惚れたのも事実。
「このまま…」
どうなるかわからないけど、このまま旅を続けたら。
狭い世界の小っさい俺は、もっと広く大きくなれるんだろうか。
毎日毎日、帝国軍兵士をいけ好かないと思って、デカイ態度で街を締め付けてるのを見てぶん殴ってやりたいとか思って、憎んでも怨んでもせいぜい財布スッたりするくらいしか出来ない自分に虚しくなって、それで兄さんのこと思い出しては堪らなくなって凹んで。
兄さんを思い出すのは、忘れないのは、悲しいし寂しいし苦しくて辛い。もういっそ逃げたい、考えたくない。
そんな風に思うのに、それなのに悪夢の中ででも兄さんに会いたいと思う気持ちも本物で…。俺は恋しくて堪らないんだ…独りになるのは耐えられない。
時間が慰めてくれるのに任せて忘れるのは恐ろしいんだ。2年前を、この2年間を、このまま終らせるのは嫌なんだ。
そうやって足掻いてる情けない自分は許せなくってカラ元気で意地張って。

空賊になる、って。

漠然とした夢を無理矢理に形にして。
空に憧れる気持ちは本物だ。だって何よりも自由な気がするだろ、空って。
俺に纏わりついた、しがらみ全部。
解き放ってくれそうで。
けど結局それは逃げだ。わかってるんだ頭では。
バルフレア達と関わって、バッシュと出会って知った。
俺の『空賊になりたい』は逃げだって。
本当はどうしたいのか、何を求めているのか。さっきのフランの言葉を思い出した。『思い悩んで前に進むから人は成長する』んだ。だったら俺は…。
「向き合わないと…いつまでもこれじゃダメだよな」
昔、空賊に憧れてた俺はこんな小っさい俺じゃなかった。もっと強かったし、でっかい志だったし、空賊になりたいって気持ちは大切な夢だった。
なのに逃げるダシにして貶めたのは俺。
まだよく知らないけどバルフレアもバッシュもこういうしがらみから逃げずに向き合って生きてきたからカッコイイ大人なんだよな。
よし、俺もなるぞカッコイイ大人。
そしてちょっとやそっとじゃ動じない器の大きい頼れる男になる!
あー…今日はいろいろ考えたなー。その実、どれにも全く答えは出てない不始末だけどな。それはまあ気にしないでおこう。
今から今から。
俺の物語はまだ序盤のはずだから。













end.
2011.11.06


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